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「空飛ぶタイヤ」感想 重厚なドラマをエンタメ化した今年最高の邦画だった

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「空飛ぶタイヤ」の感想です。
ネタバレを含みます。

やっと見れた

公開前から見に行こうとしていた本作ですが、なかなか都合が付けられず鑑賞出来てなかったのです。
1日も予定が入っていて、また無理かなと思いきや、その予定が急遽キャンセル。
ぽっかりとスケジュールが空いたので見てきました。
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もうね、最高だった。
最高のエンタメ映画でした。

感想

池井戸作品のウリは、重厚な人間ドラマと圧倒的なエンタメ性です。
この両輪をしっかりと立てているから、圧倒的な読み応えと爽快な読後感を味わえます。
本作こそ原作未読ですが、「半沢シリーズ」からそういう信頼を寄せています。

勧善懲悪のメソッドをしっかりと組み込んだ王道プロット。
余計な贅肉を削ぎ落していくと、見えて来るのがこれです。
本作も赤松の正義感が狩野の悪事を暴き立てるという本筋に沿って物語が進行します。

但し、悪者を成敗したらハイ終わり。万々歳のめでたしめでたし。
と簡単にいかないのが、池井戸作品。
現実はそんなに甘くないんだよというメッセージが込められているように感じます。

先程は正義感と何気なく書きましたが、世の中には絶対的な正義感なんてありませんよね。
価値観や立場によって姿を変えるのが正義感であって、そこに「誰もが共有する正義感」なんて存在しません。

自分の地位を守るために動くのも正義感と言えるし、家族と生きる為というのも1つの正義感。
それぞれが信念とプライドを抱えて生きていく。
社会に出れば、そんな多種多様な正義感に触れ、時には共鳴し、時には反発し、時に縛られる。
絡み合った正義感が行く手を阻むこともあれば、信念を曲げ・プライドを捨てて変化した正義感が助けになることもある。
色々な立場の正義感をしっかりと描き、それを多重多層に絡めていく。

「重厚な人間ドラマ」と僕が思う理由がここにあります。
一概にはその考えはおかしいと言えない色々な正義感が出て来て、赤松をじわじわと追いつめていくわけです。
誰しもが共有する事は、狩野が悪で、柚木一家が被害者ということくらいでしょうか。
あとは赤松も含めて、視点を変えるだけで悪にも正義にもなる。
この辺りのドラマの作り込みは本当に毎回感嘆させられます。


リアルであれば、大きな正義の前に小さな正義が屈することはよくある話です。
今作で言えば赤松が相沢達同様に狩野の醜悪なプライドに屈して終わるのでしょう。
だけれど、それじゃエンタメとしてはつまらないですよね。
バッドエンドを否定する訳じゃないですが、エンタメ作品は読者(観客)の溜飲を下げてナンボです。

大多数の人が共感するであろう正義感を正しく選び取って、その正義が悪を滅ぼすという図式を採用している。
絶対的な被害者である柚木一家の無念を、亡くなった柚木妙子の敵討ちを取るという正義感を選んでいるんです。

社長として従業員とその家族を守るという赤松の正義感は、貴史少年の母を想う手紙で変わります。
会社を守るという沢田の正義感は歪んでしまうものの、杉本の「真に会社を想う心」によって真の姿を取り戻します。
人の命の重さを尊ぶ井崎の正義感はぶれることなく、屈しもせずに、静かな戦いを繰り広げていました。

三者三様の戦い方で見えざる巨大な悪事に挑み、そして勝利を勝ち取る痛快さを味わえます。


最終的に被害者に祈るシーンで締め括るのも読後感の良さを高めてくれました。
悪人を懲らしめても亡くなった命は戻らないんですよね。
遺族の悲しみだって決して癒えません。
悪を倒したからハッピーエンドということはせずに、1年という歳月が流れても事故で亡くなった被害者を悼む姿を見せることで、事故の悲しみと関わった人間の責任の重さを改めて浮き彫りにさせていたと思います。
赤松も沢田も直接的な加害者では無いけれど、だからこそ1年経っても責任を負っている姿勢には強い畏敬の念を覚えるんです。

終わりに

鑑賞後、1人の女性がこんな事を言ってました。
「原作の感動には及ばないわね」って。

多分そうなんだと思います。
原作を先に読んでいれば、そういう感想に落ち着きやすいのでしょう。

だって、原作は何度も推敲・打ち合わせを重ねてその物語に相応しい最高の状態に仕上げられてるんですよ。
(特に描き下ろし小説は)ページ数に制限が無く(多分)、過不足なくチューンアップされています。

対して映画(含む映像作品)は、最初から尺がある程度決まっている媒体です。
100分~150分程度が殆どであり、大体が脚本が作られる前に上映時間が決まってしまっています。
脚本段階で練りに練って再構成して、その通り撮影が進んだとしても、編集段階で切らなければいけない事態は往々にして起こりえるんですよね。
泣く泣くシーン毎カットせざるを得ないなんて日常茶飯事…なんだと思うのです。
様々な理由から切らざるを得なくなった台詞、シーンがあったでしょうから、「100%の状態」の原作を読んでいれば、不足感は否めないのでしょう。

実際未読の僕でも、シーンとシーンの繋ぎに小さな違和感を覚えることがありました。
何か所か少々説明不足というか場面が飛んだように感じたんです。
若しかしたら、そういうシーンが原作ではしっかりと説明がつくように繋がれていたのかもしれません。

この辺り原作派の不満に感じそうな部分はありましたが、未読の僕としては些細な点。
滅茶苦茶楽しめました。

俳優陣の素晴らしい演技が重厚かつカタルシスたっぷりの物語を高めていて、高い高い満足感を得られました。
心から見て良かったと抱いた映画でした。